【第1回】正しいことを言っているのに、なぜ届かない? ~「正論」がすれ違う本当の理由とは~

2025年09月10日

「正しいことを伝えているのに、なぜか納得してもらえない」「制度的には問題ないはずなのに、相談者が腑に落ちないようだ」。
こうしたジレンマを感じたことのある士業や専門家の方も多いのではないでしょうか?

司法書士として日々多くのご相談を受ける中で、私自身も「正しい=役に立つ」ではないことを痛感する場面が少なくありません。特に相続や成年後見、借金問題といったセンシティブな相談では、正論がかえって相談者の気持ちを追い詰めてしまうことさえあります。

本シリーズでは、「正論はいつ・どのように伝えるべきか?」をテーマに、実際の相談対応の現場で感じたこと、心がけている伝え方、そして信頼関係の築き方について、3回に分けてお届けします。

今回は第1回として、「そもそも、なぜ正しいことが届かないのか?」について掘り下げてみたいと思います。

目次

  1. 正論を言っても響かない?その違和感の正体
  2. 「正しいこと」は相談者が求めていることとは限らない
  3. なぜ正論が「壁」になってしまうのか
  4. 「正しさ」よりも「安心感」が先に求められる現場
  5. 次回予告:「伝える順番」を変えるだけで関係性が変わる

1. 正論を言っても響かない?その違和感の正体

 「法律上はこうです」「制度的にはこう処理します」。
 これはまさに司法書士として当然の説明であり、誤ってはいません。むしろ、専門家としては正確に伝える義務があります。

 しかし、その説明を受けた相談者の反応が、「ああ、そうですか…」「それはわかってますけど…」といった、どこか腑に落ちない様子だったことはないでしょうか?

 「なんでこの人は納得しないんだろう?」という違和感。
そこには、「正論」と「相談者の本音」との間にある"見えないズレ"が存在しています。

2. 「正しいこと」は相談者が求めていることとは限らない

 法律の専門家である私たちは、「正確な情報を提供する」ことが第一の使命です。
 ただし、相談者が本当に求めているのは、**"正しいこと"ではなく、"自分にとって意味のあること"**である場合が多いのです。

 たとえば、相続の相談で揉め事を避けたいと思っている方に対し、「法律的にはこのように分けるのが正しいです」と冷静に伝えても、それが「安心」や「納得」に直結するわけではありません。

 ときには、過去の親族との確執や、亡くなった方への思い、経済的不安など、**表面には見えない「感情の事情」**が複雑に絡み合っています。
 正論は、それらの事情を無視して一足飛びに「答え」を提示してしまうため、結果として「聞いてもらえなかった」と感じさせてしまうのです。

3. なぜ正論が「壁」になってしまうのか

 正論は、論理的・制度的には正しくても、それを一方的に押し出してしまうと、相談者にとっては**"対話のシャッター"**になります。

 以下のような心理的な反応が起こりがちです。

  • 「専門家に否定された」と感じる
  • 「やっぱり自分の考えは間違っていたんだ」と引き下がってしまう
  • 「法律は冷たいものだ」と距離を置いてしまう

 このように、正論が"壁"として機能してしまう原因は、「タイミング」と「伝え方」にあります。
 特に、相談者が不安を抱えていたり、感情が揺れていたりする段階では、正論は"刃"のように鋭く刺さってしまうのです。

4. 「正しさ」よりも「安心感」が先に求められる現場

 相談者が司法書士に何を求めているか。それは「正しい答え」だけではなく、「安心できる存在」です。
 そのためには、まず"話を聞いてくれる人"であることが重要です。

 私自身も、若いころは正しいことを一生懸命説明しようとして、うまくいかなかった経験が多くあります。
 しかし、あるとき「正しさではなく、まずこの人の話をじっくり聞いてみよう」と意識を切り替えてみたところ、相談者の反応が変わりました。

「この人はちゃんと聞いてくれる」
「自分の立場を理解してくれている」

 そう感じたとき、ようやく相談者は心を開き、「正論」にも耳を傾ける準備が整います。
つまり、正論を通すためには、その前に"安心"という土台が必要なのです。

5. 次回予告:「伝える順番」を変えるだけで関係性が変わる

 今回は、「なぜ正論が届かないのか?」というテーマで、相談現場で生じる違和感の正体を掘り下げました。

 次回の第2回では、実際に私が相談対応で実践している「伝え方の順番」や、「正論を後出しにするテクニック」について、具体例を交えてご紹介していきます。
 正しさを届けるには、"伝える順番"を変えるだけで、相談者との関係性が大きく変わることをぜひ体感していただきたいと思います。

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