相続の相談でいちばん多い失敗は、
「税理士に行ったら登記の話ができず、司法書士に行ったら税金が分からない」ことです。
【実例】「父名義の農地を売却したが、代金の分け方が分からない」 ― 司法書士が“あえて答えなかった”理由とは

ある日、「数十年前に亡くなった父の農地を売却したのですが、売却代金を相続人でどう分ければいいでしょうか」というご相談を受けました。
一見すると単純な"お金の分け方"の話のように見えますが、実際には相続登記の内容や経緯、関係者の事情など、複雑な背景が潜んでいました。
司法書士としての立場から、この事案では"あえて答えない"という判断をしました。
今回は、その理由と、相談の際に注意してほしいポイントについて解説します。
目次
- 相談内容の概要
- 相続登記をせずに売却はできない
- 「法定相続分での共有登記」といういびつな形
- 司法書士が回答を控えた理由
- 背景に"争い"が潜むときは弁護士の領域
- 相談者が理解すべき「専門家への相談の仕方」
- まとめ ― 答えを出さないことも、専門家の誠実な対応
1.相談内容の概要

相談者の方からは次のようなお話がありました。
「父が数十年前に亡くなりました。最近、その父名義の農地を売却したのですが、売却代金を相続人でどのように分ければよいのか分かりません。」
この段階でまず確認すべきは、「本当に父名義のまま売却できたのか?(相続登記は終わっているのか?)」という点です。
亡くなった方(被相続人)名義の不動産は、そのままでは売却できません。
売却するには、まず相続登記を行い、相続人の誰かの名義、もしくは相続人全員の共有名義に変更する必要があります。
2.相続登記をせずに売却はできない
そこで尋ねてみると、相談者の方はこう答えました。
「相続登記は済ませました。遺産分割協議をして、法定相続分で相続人全員の共有名義にしたそうです。」
ここで最初の疑問が浮かびます。
「遺産分割協議をして法定相続分で登記」というのは、一見する違和感のある表現です。
というのも、法定相続分での登記は、協議をしなくてもできるからです。
つまり、「わざわざ協議をして、結局は法定相続分どおりの共有にした」という不自然な手続きなのです。
3.「法定相続分での共有登記」といういびつな形

通常、相続人間で共有名義にするケースは多くありません。
というのも、共有名義にしてしまうと――
- 固定資産税の負担や草刈りなどの管理が煩雑
- 売却や担保設定には共有者全員の同意が必要
- 後々、世代が変わるとさらに持分が細分化し、処分が困難になる
といった問題が生じるからです。
一般的には、管理・売却をスムーズに進めるために、相続人のうちの誰か一人に名義をまとめておくケースが多いのです。
にもかかわらず、あえて共有名義にしたということは、相続人間での意見の対立や責任回避の思惑があったのかもしれません。つまり・・・。
4.司法書士が回答を控えた理由

この時点で私は、売却代金の分け方については「答えられません」とお伝えしました。
その理由は明確です。
登記内容や経緯、関与した専門家、売却に至る経過などの事情が不明確なままでは、適切な判断ができないからです。
登記の内容によっては、すでに合意書や契約書が存在している可能性もあります。
また、別の司法書士が関与しているなら、その先生がどのような事情をもとに登記を行ったのかを確認しなければなりません。
事情を知らないまま助言してしまえば、のちに「先生がそう言ったからこう分けた」といったトラブルの火種になりかねません。
司法書士は"事実と登記に基づいて行動する職業"であり、事情不明の状態で憶測的な助言をすることは、かえって依頼者の利益を損なうことになります。
5.背景に"争い"が潜むときは弁護士の領域

さらに話を聞くと、相談者の方はこう説明しました。
「相続人で話し合いはしたけれど、意見がまとまらず、誰も責任を負いたくないということで、法定相続分で登記しました。」
この言葉から明らかになったのは、"すでに争いの芽がある"ということです。
相続人の間で感情的な対立がある場合、司法書士の職務範囲を超え、弁護士による法律的な紛争解決が必要になります。
また、よくよく聞くと、その相続登記を担当した司法書士の先生とは、相談者本人ではなく甥の方がやり取りをしていたとのこと。
つまり、当初の登記手続きの背景を把握していないまま、別の司法書士である私に"結果の分け方"だけを尋ねに来られた形でした。
このような場合、責任ある回答はできません。
私は、「まずは登記を担当された司法書士の先生にご相談ください」とお伝えし、事情を丁寧に説明したうえでお帰りいただきました。
6.相談者が理解すべき「専門家への相談の仕方」
この事例を通して感じたのは、「専門家に相談する際には、どこまで情報を共有できるか」が非常に大切だということです。
相続・登記・売却といった不動産関係の相談は、登記簿や協議書、関与した専門家などの情報が揃っていなければ、正確な助言はできません。
特に、すでに他の専門家が関わっている場合、その経緯を踏まえずに新たな専門家に助言を求めても、かえって混乱を招くだけです。
「どんな経緯で、誰が、どんな手続きをしたのか」
――これを正確に整理してから相談することが、最も確実なトラブル回避策です。
7.まとめ ― 答えを出さないことも、専門家の誠実な対応
今回のケースは、
- 登記の経緯が不明確
- 相続人間で意見の不一致
- すでに他の司法書士が関与
という三つの要素が重なった、非常にデリケートな事案でした。
司法書士としては、依頼者の利益を守るために、あえて「答えを出さない」という選択をすることもあります。相談者は「何らかの答え」を欲します。こちらが回答はしませんが、本来答えを持っている可能性の高い方に相談すべきです。そのように助言いたします。
それは逃げではなく、法律職としての責任ある判断であると考えます。
相続や不動産の問題は、感情や人間関係が絡むため、一見シンプルな相談でも背景が複雑なことが少なくありません。
今回の事例が、「専門家への相談の前に確認しておくべきこと」を考えるきっかけになれば幸いです。

(ご相談案内)
相続登記や不動産の名義変更、遺産分割に関するご相談は、香川県の
アイリス国際司法書士・行政書士事務所 にお任せください。
ご事情を丁寧にお聞きし、必要に応じて弁護士等の専門家とも連携して最適な対応をご提案いたします。
無料相談・ご予約は当事務所ホームページ(irisjs2021.com)からどうぞ。


最新のブログ記事
私は昭和45年生まれです。物心ついた頃から、両親、特に母親から繰り返し言われてきた言葉があります。
「もっとグローバルに物を見ないとだめだ」。
“やらない理由”を持つ勇気 ― できない日を前提に生きるという心理的安全性
「頑張らなきゃ」「やらないといけない」――そんな言葉が頭の中で鳴り続けていませんか。現代は、"常に全力でいること"を求められがちです。しかし、人には波があり、余裕がない日や心が疲れている日もあります。だからこそ、「今日はできない」と認めることは怠けではなく、心理的安全性を守るための大切な選択です。本記事では、"やらない理由"を持つことを肯定し、自分のペースで生きるための考え方をお伝えします。
第5回|遺言制度の未来 ― デジタル化・利用促進と、これからの課題 ―
結論から言うと、遺言制度は「特別な人のもの」から「誰もが使う生活インフラ」へと確実に進化しつつあります。
2025年のデジタル公正証書遺言の開始は、その象徴的な一歩です。
本記事では、遺言制度がこれからどう変わるのか、何が便利になり、何が課題として残るのかを整理し、**「今、遺言を考える意味」**を総まとめします。



