「まだ元気だから大丈夫」は本当?――認知症対策と相続対策を今から考える理由

2026年09月11日

「まだ元気だから、そんなことは考えなくても大丈夫ですよ。」

生前対策についてお話しすると、このように答えられる方がいらっしゃいます。

もちろん、元気で生活できていることは、とても大切なことです。

しかし、生前対策というのは、元気でなくなってから考えるのでは遅い場合があります。

司法書士・行政書士の立場から生前対策を考えると、大きく分けて二つの方向があります。

一つは、認知症などによって判断能力が低下した場合への備え

もう一つは、自分が亡くなった後の相続への備えです。

どちらも共通しているのは、「自分で判断できるうちに準備しておく」ということです。

そして、ここでもう一つ忘れてはいけないものがあります。

それが、前回お話しした家族の人間関係です。

どれだけ制度を整えても、家族がその意味を理解していなければ、思わぬ問題につながることがあります。

今回は、認知症対策と相続対策について、なぜ「今から」考える必要があるのかを考えてみます。

目次

  1. 生前対策は「元気なうち」にしかできないことがある
  2. 認知症対策とは何を考えることなのか
  3. 相続対策は「財産が多い人」だけのものではない
  4. 「今まで何もなかったから大丈夫」が危険な理由
  5. 制度を整えるだけではなく、家族と共有する
  6. 生前対策は「未来設計」として考える

1.生前対策は「元気なうち」にしかできないことがある

生前対策で最も重要なポイントの一つが、**「いつ準備するのか」**です。

遺言書、家族信託、任意後見など、さまざまな制度がありますが、本人の判断能力が低下した後では、希望する対策を自由に選べなくなることがあります。

たとえば、

「自宅は長男に管理してもらいたい」

「将来、施設に入ることになったら自宅を売却して、その費用に充てたい」

「預金の管理は娘に任せたい」

と思っていても、そのときに本人の判断能力が低下していれば、簡単には実現できない場合があります。

だからこそ、

「何か問題が起きてから」ではなく、「問題が起きる前」に考える。

これが生前対策の基本です。

2.認知症対策とは何を考えることなのか

認知症対策というと、「認知症にならないための対策」と思われる方もいるかもしれません。

しかし、ここでいう認知症対策は、病気そのものを防ぐという意味ではありません。

大切なのは、

「判断能力が低下した場合でも、自分の生活や財産について、できるだけ自分の希望に沿った形で管理できるようにしておくこと」

です。

その方法として、家族信託や任意後見などの制度を検討することがあります。

また、制度だけではなく、

  • どの財産を持っているのか
  • 不動産はどこにあるのか
  • 預金口座はいくつあるのか
  • 保険には加入しているのか
  • 借入金はあるのか
  • 誰に財産管理を頼みたいのか
  • 将来どこで生活したいのか

といった情報を整理しておくことも重要です。

財産を整理することは、「相続のため」だけではありません。

自分が元気に生活できなくなったとき、家族が困らないための準備でもあるのです。

3.相続対策は「財産が多い人」だけのものではない

一方、相続対策については、

「うちは財産が少ないから必要ない」

と思っている方も少なくありません。

しかし、相続で問題になるのは、財産の額だけではありません。

自宅一つ、預金が少しという家庭でも、相続人が複数いれば、誰が何を引き継ぐのかを決める必要があります。

特に注意したいのが、不動産です。

預金であれば分けることができますが、自宅は簡単に分けることができません。

「長男が住み続ける」

「売却して現金化する」

「母親が亡くなるまではそのままにする」

など、家族によって考え方が違うことがあります。

さらに、前婚の子ども、長年疎遠になっている相続人、遠方に住んでいる兄弟などがいれば、相続手続きの進め方そのものが難しくなる場合があります。

だからこそ、

「財産が少ないから相続対策はいらない」

とは限りません。

むしろ、財産が少ないからこそ、家族が話し合って決めておくことが重要なケースもあります。

4.「今まで何もなかったから大丈夫」が危険な理由

生前対策の相談で、私が気になる言葉があります。

それが、

「今まで何もなかったから大丈夫」

という言葉です。

確かに、これまで家族仲が良かったのかもしれません。

兄弟で大きな問題が起きたこともなかったのかもしれません。

しかし、相続が発生すると、それまでとは状況が変わります。

それまで親が調整役になっていた家族が、親を失った瞬間に、それぞれが一人の相続人として話し合わなければならなくなるからです。

親がいる間は、

「まあ、お父さんがそう言うなら」

と収まっていたことが、親が亡くなった後には、

「私はこう思う」

「それは聞いていない」

「自分も相続人なのだから」

という話に変わることがあります。

つまり、親が家族の関係をつないでいたことに、親自身が気づいていない場合があるのです。

だからこそ、生前に家族で話をしておく意味があります。

5.制度を整えるだけではなく、家族と共有する

遺言書や家族信託などの制度を整えることは、とても重要です。

しかし、それだけで安心してはいけません。

家族が、

「なぜ、このような内容にしたのか」

を知らなければ、亡くなった後に疑問が生じることがあります。

例えば、遺言書に、

「自宅は長男に相続させる」

と書かれていたとします。

長男が長年その家に住み、管理してきたのであれば、本人には合理的な理由があるのかもしれません。

しかし、他の相続人がその事情を何も知らなければ、

「なぜ長男だけなのか」

という感情が生まれる可能性があります。

もちろん、すべてを事前に話せば揉めないという保証はありません。

しかし、本人が生きている間に、

「自分はこう考えている」

「この家はこうしてほしい」

「あなたたちにはこうしてほしい」

と伝えておくことで、家族が本人の想いを知ることはできます。

だから私は、相談者の方に、

「お盆に息子さん、帰ってくるんでしょう? 一度、話し合ってみてください」

とお伝えすることがあります。

相続の話をすることは、財産を奪い合うためではありません。

本人がいなくなった後も、本人の想いを家族の中に残すためです。

6.生前対策は「未来設計」として考える

認知症対策も、相続対策も、最終的な目的は「手続きをすること」ではありません。

その先にあるのは、

「自分らしく生きること」

そして、

「家族が自分の死後も困らないようにすること」

です。

だからこそ、私は生前対策を「未来設計」と考えています。

未来設計では、

「何の制度を使うか」

だけを考えるのではありません。

「自分はどう生きたいのか」

「将来、誰に支えてほしいのか」

「家族に何を残したいのか」

「自分が亡くなった後、家族にどうしてほしいのか」

まで考えます。

そして、それを整理した上で、必要なところに遺言書や家族信託、任意後見などの制度を使っていく。

制度は目的ではなく、自分の未来や家族の未来を実現するための手段なのです。

生前対策は、亡くなるための準備ではありません。

これからの人生を、そして家族との関係を、より良いものにするための準備です。

次回は、今回の最後に触れた「家族の人間関係」にさらに踏み込みます。

相続で本当に怖いのは、財産の多さではない。

司法書士として相続の現場で感じてきた、相続と人間関係の問題について考えていきます。

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