相続の相談でいちばん多い失敗は、
「税理士に行ったら登記の話ができず、司法書士に行ったら税金が分からない」ことです。
「健全化」という視点で考える相続③ 会社の健全化と相続 ――「会社を残す」だけではなく、「次の世代が経営できる状態」をつくる

「この会社を、息子に継いでもらいたい。」
中小企業の経営者から、こうした言葉を聞くことがあります。
長年、自分が育ててきた会社。
従業員とともに守ってきた事業。
取引先との信頼関係。
そして、地域の中で積み重ねてきた歴史。
できることなら、次の世代へ引き継ぎたい。
そう考える経営者は少なくありません。
しかし、
「会社を子どもに継がせたい」
という思いだけで、事業承継ができるわけではありません。
例えば、会社の株式を経営者が100%保有していたとして、その経営者が亡くなれば、その株式も相続の対象になります。
後継者が長男だったとしても、相続人が長男だけとは限りません。
配偶者や他の子どもがいれば、それぞれに相続の問題が生じます。
そして、自社株式が複数の相続人に分散すると、会社の経営権にも影響を及ぼす可能性があります。
事業承継では、後継者への株式・事業用資産の集中だけでなく、後継者以外の相続人への配慮も重要とされています。
つまり、経営者の相続は、
「家族の相続」
であると同時に、
「会社の未来」
にも関わる問題なのです。
第1回では「相続対策の目的は節税だけではない」、第2回では「家族の健全化」について考えました。
今回は、その考え方を会社に広げて、
「会社の健全化と相続」
について考えていきます。
目次
- 経営者の相続は「会社の問題」でもある
- 自社株式は「財産」であると同時に「経営権」
- 「後継者を決める」だけでは事業承継にならない
- 会社に残すもの、家族に残すもの
- 経営者が元気なうちに確認しておきたいこと
- 会社の健全化とは「誰がいなくなっても続く会社」
- まとめ――会社を「残す」のではなく「つなぐ」
1.経営者の相続は「会社の問題」でもある

一般的に「相続」と聞くと、
- 自宅
- 預貯金
- 土地
- 建物
- 株式
などの財産を誰が受け継ぐのか、という問題を思い浮かべます。
しかし、経営者の場合は、それだけではありません。
経営者が会社の株式を保有している場合、その株式は相続の対象になります。
さらに、
- 会社の土地や建物
- 経営者個人が会社に貸している不動産
- 経営者から会社への貸付金
- 個人保証
- 会社の借入れ
- 役員としての地位
- 会社との契約関係
など、個人と会社の間にはさまざまな関係があります。
そのため、
経営者の相続を考えるときには、個人の財産だけを見るのではなく、「会社との関係」まで確認する必要があります。
ここを見落としてしまうと、相続が発生してから、
「会社の株式はどうするのか?」
「誰が経営権を持つのか?」
「会社の土地はどうするのか?」
「後継者は誰なのか?」
という問題が一気に表面化することになります。
2.自社株式は「財産」であると同時に「経営権」

会社を経営している方にとって、自社株式は単なる財産ではありません。
会社の経営に関わる権利そのものでもあります。
例えば、経営者が自社株式の大部分を保有している会社で、その株式が相続によって複数の相続人に分散してしまったとします。
それまで一人の経営者の判断で進められていた会社の意思決定が、相続後には複数の株主との関係を考えなければならなくなる可能性があります。
中小企業では、自社株式の分散が事業承継の大きな課題になることがあります。J-Net21でも、株式が相続によって親族などに分散すると、後継者が思い通りに経営できないケースがあるため、事前に株主構成を確認しておくことが重要とされています。
だからこそ、
「自社株式を誰に相続させるか」は、「財産を誰に残すか」だけの問題ではありません。
それは、
「会社の経営を誰に託すのか」
という問題でもあるのです。
3.「後継者を決める」だけでは事業承継にならない

「息子に会社を継がせる予定です。」
この言葉だけで、事業承継の準備ができているとは言えません。
では、何を考える必要があるのでしょうか。
例えば、
① 本当に本人は会社を継ぎたいのか
親が「継いでほしい」と思っていても、子どもが同じ気持ちとは限りません。
② 経営を任せられる状態なのか
会社の業務だけでなく、経営判断、従業員との関係、金融機関との関係、取引先との関係などもあります。
③ 株式はどうするのか
経営権を安定させるためには、株主構成をどうするのかを考える必要があります。
④ 他の相続人への配慮はどうするのか
後継者に会社の株式を集中させる場合、他の相続人とのバランスをどうするのかという問題があります。
⑤ 会社と経営者個人の財産関係は整理されているか
会社が経営者個人から不動産を借りている、経営者が会社にお金を貸しているなど、個人と会社の関係が複雑になっていることもあります。
このように考えると、
「後継者を決める」ことは、事業承継のスタート地点にすぎません。
4.会社に残すもの、家族に残すもの
ここには、相続特有の難しさがあります。
例えば、経営者の財産が、
- 自宅
- 預貯金
- 自社株式
- 会社関連の不動産
だったとします。
会社を継ぐ長男には自社株式を集中させたい。
しかし、配偶者や次男にも生活があります。
そうなると、
「会社を守るための財産承継」と「家族のための財産承継」
を同時に考えなければなりません。
ここで大切なのは、
会社を守ることと、家族を守ることを対立させないこと。
です。
後継者に株式を集中させることだけを考えれば、他の相続人との間で不公平感が生まれる可能性があります。
反対に、相続人全員に平等に株式を分ければ、経営権が分散する可能性があります。
だからこそ、
「会社の健全化」と「家族の健全化」を一緒に考える必要があるのです。
この両方を考えることが、経営者の相続対策では非常に重要です。
5.経営者が元気なうちに確認しておきたいこと

事業承継は、亡くなってから始めるものではありません。
むしろ、経営者が元気なうちから準備しておくことが重要です。
例えば、次のようなことを一度整理してみてはいかがでしょうか。
□ 後継者は決まっていますか?
単に「子どもに継いでもらいたい」ではなく、本人の意思も確認しておきます。
□ 自社株式は誰が何株持っていますか?
株主名簿や過去の相続なども含め、現在の株主構成を確認します。
□ 会社と個人の財産関係は整理されていますか?
会社所有なのか、個人所有なのか、貸借関係がどうなっているのかを確認します。
□ 会社の借入れや個人保証を把握していますか?
経営者が交代するときには、金融機関との関係も重要になります。
□ 後継者以外の家族への財産承継を考えていますか?
後継者に株式を集中させる場合でも、他の相続人への配慮が必要になります。
□ 遺言書を検討していますか?
誰に何を承継させたいのかを明確にする方法の一つです。
□ 認知症などによって判断能力が低下した場合の備えがありますか?
相続だけではなく、経営者が生前に判断能力を失った場合の会社運営も考えておく必要があります。
こうした準備は、一つひとつは特別なことではありません。
しかし、問題が起きてからでは選択肢が限られてしまうことがあります。
6.会社の健全化とは「誰がいなくなっても続く会社」
では、会社の「健全化」とは何でしょうか。
私は、
経営者がいなくなったとしても、会社が次の世代へ引き継がれ、事業を継続できる状態をつくること
の一つが、会社の健全化だと考えています。
もちろん、会社にとって経営者は非常に重要な存在です。
しかし、
「社長がいなければ何も決められない」
「社長しか会社のことを知らない」
「株式が社長一人に集中している」
「後継者が何も準備できていない」
という状態は、必ずしも健全とは言えません。
事業承継では、後継者育成だけでなく、株式・財産の承継、税務・法務、会社関係者との調整など、複数の視点から準備することが求められます。
また、非上場株式の相続税・贈与税については、一定の要件のもとで納税猶予・免除を受けられる事業承継税制もあります。
しかし、ここでも大切なのは、
「税制を利用すること」そのものが目的ではない
ということです。
税制はあくまでも、事業承継を円滑に進めるための一つの手段です。
本当に考えたいのは、
「この会社を、これから誰が、どのような思いで、どのように続けていくのか」
ということなのです。
7.まとめ――会社を「残す」のではなく「つなぐ」

会社を経営している方にとって、自分が育ててきた会社は、単なる財産ではないでしょう。
そこには、
- 従業員の生活
- 家族の歴史
- 取引先との信頼
- 技術やノウハウ
- 地域とのつながり
- 経営者自身の人生
が詰まっています。
だからこそ、
「会社を子どもに残したい」
という言葉の中には、単なる財産承継以上の意味があります。
しかし、会社を残すためには、会社だけを見てもいけません。
家族を見なければならない。
株式を見なければならない。
不動産を見なければならない。
税金を考えなければならない。
後継者の意思を確認しなければならない。
そして、場合によっては、経営者自身が「会社を残さない」という選択肢まで含めて考える必要があります。
大切なのは、
「何としても会社を残すこと」ではありません。
大切なのは、
その会社にとって、経営者にとって、家族にとって、そして従業員にとって、納得できる未来を選択すること。
ではないでしょうか。
会社の健全化とは、
会社を大きくすることだけでも、会社を存続させることだけでもありません。
経営者が変わっても、次の世代が安心して経営できる。
家族が相続をめぐって争わない。
従業員が将来に不安を抱えない。
取引先が安心して付き合い続けられる。
そんな状態をつくることも、会社の健全化なのだと思います。
そして、会社の健全化を考えることは、経営者自身の人生を見つめ直すことでもあります。
「自分がいなくなった後、この会社はどうなってほしいのか。」
その問いに答えられるようにしておくこと。
それが、経営者にとっての相続対策の第一歩なのかもしれません。
次回は、会社と同じように相続で大きな問題となりやすい、
第4回「不動産の健全化」
について考えます。
「土地や家を持っている=資産」と考えていませんか。
相続した不動産が、次の世代にとって「資産」になる場合もあれば、「負担」になる場合もあります。
次回は、「持っていること」から「活かせること」へという視点で、不動産の相続を考えていきます。
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例えば、会社の株式を経営者が100%保有していたとして、その経営者が亡くなれば、その株式も相続の対象になります。
相続の相談を受けていると、こうした考え方に出会うことがあります。
おそらく、多くの方が「節税」を思い浮かべるのではないでしょうか。



