相続の相談でいちばん多い失敗は、
「税理士に行ったら登記の話ができず、司法書士に行ったら税金が分からない」ことです。
「健全化」という視点で考える相続⑤ 人間関係の健全化 ――相続で一番難しいのは、「財産」ではなく「人」かもしれない

「相続で家族が揉めるなんて、うちには関係ない。」
そう思っている方は多いかもしれません。
「兄弟仲は悪くない。」
「財産もそんなにない。」
「子どもたちはみんな大人だから大丈夫。」
確かに、そうかもしれません。
しかし、相続が発生すると、今まで表面化していなかった家族の感情が突然現れることがあります。
「どうして兄だけが多くもらうの?」
「私は親の面倒を見てきたのに。」
「あなたは何もしてこなかったでしょう。」
「昔からお兄ちゃんばかり、親に大切にされていた。」
「お父さんは本当はどう思っていたの?」
こうした言葉が出てきたとき、問題はもう単純な「財産の分け方」ではありません。
そこには、長年の家族関係があります。
幼い頃からの兄弟関係。
親子関係。
介護をめぐる思い。
家族の中での役割。
過去の出来事。
そして、
「自分は大切にされていたのか」
という感情まで関係していることがあります。
だからこそ、相続を考えるときには、
「財産をどう分けるか」だけではなく、「家族の関係をどう残すか」
という視点が必要なのではないでしょうか。
第5回では、このシリーズの重要なテーマである、**「人間関係の健全化」**について考えます。
目次
- なぜ相続で家族は揉めるのか
- 相続問題の裏側にある「長年の感情」
- 「介護した人」と「しなかった人」
- 家族の中には、それぞれの正しさがある
- 人間関係の健全化とは何か
- 「話し合うこと」は、財産を分けることではない
- 元気なうちだからこそ、できること
- まとめ――相続の前に、家族関係を整える
1.なぜ相続で家族は揉めるのか

相続が始まると、
「誰がいくら受け取るのか」
という問題が出てきます。
法律上の相続分があります。
遺言書があれば、その内容を確認します。
遺産分割協議が必要になる場合もあります。
しかし、実際の家族の中では、それだけでは話が終わらないことがあります。
例えば、親が亡くなった後、
「長男が実家を相続する」
という話になったとします。
長男は、
「自分は親と同居していたから当然だ」
と思っている。
一方、次男は、
「兄は実家をもらうのだから、預金は自分が多くもらってもいいはずだ」
と思っている。
さらに長女は、
「私は遠くに住んでいたけれど、毎月仕送りをしていた」
と思っているかもしれません。
誰が正しいのでしょうか。
実は、
全員が自分の立場から見れば正しい
ということがあります。
だからこそ、相続は難しいのです。
2.相続問題の裏側にある「長年の感情」

相続の話をしているはずなのに、
「昔から兄は嫌いだった」
「親は妹ばかりかわいがっていた」
「自分ばかり我慢してきた」
という話になることがあります。
これは、相続そのものが原因ではないかもしれません。
相続をきっかけに、
以前から存在していた人間関係の問題が表面化した
とも考えられます。
家族は、長い時間を一緒に過ごします。
その分、良い思い出もあれば、嫌な思い出もあります。
本人にとっては忘れたつもりでも、家族の誰かにとっては、今でも大きな意味を持っていることがあります。
そして、親の死という大きな出来事が起きたとき、
それまで心の中にしまっていた感情が、一気に表に出てくることがあります。
だから、
相続争いは、相続が始まったときから始まるとは限りません。
もっと前から、その家族の中に存在していた問題が、相続をきっかけに表面化することもあるのです。
3.「介護した人」と「しなかった人」

相続で特に感情的な問題になりやすいのが、介護です。
例えば、3人の子どもがいる家庭。
長男は親と同居して、10年間介護をしてきた。
次男は県外に住んでいて、年に数回しか帰ってこない。
長女は近くに住んでいたものの、仕事が忙しく、あまり介護には関われなかった。
親が亡くなった後、
「自分は10年間、親の面倒を見てきた。」
という長男。
それに対して、
「自分だって生活があった。」
という次男。
そして、
「私はお金を出していた。」
という長女。
ここには、それぞれの「貢献」があります。
しかし、その貢献は単純に金額で比較できるものではありません。
時間を使った人。
お金を出した人。
遠くから支えた人。
精神的に支えた人。
それぞれの事情があります。
だからこそ、
「誰が一番親に貢献したのか」
という比較を始めると、家族の感情がぶつかってしまうことがあります。
大切なのは、
家族それぞれが、「自分なりに親を支えてきた」という思いを持っている可能性があることを理解すること
です。
4.家族の中には、それぞれの正しさがある

人間関係の問題で難しいのは、
「どちらか一方が完全に悪い」とは限らない
ことです。
兄には兄の事情があります。
弟には弟の事情があります。
親には親の思いがあります。
そして、それぞれが、
「自分は間違っていない」
と思っていることがあります。
例えば、親が長男に自宅を残したいと考えていたとします。
親には、
「長男がずっと家を守ってくれたから」
という理由がある。
しかし次男には、
「自分だって親を大切にしてきた」
という思いがある。
このとき、
「法律上こうだから」
と説明するだけでは、感情の問題は解決しないことがあります。
だからこそ、相続対策では、
法律的な正しさ
と、
家族にとっての納得
の両方を見る必要があります。
もちろん、法律や制度を無視することはできません。
しかし、法律だけでは解決できない部分がある。
その部分に目を向けることも、相続を考えるうえでは重要なのです。
5.人間関係の健全化とは何か

では、「人間関係の健全化」とは何でしょうか。
それは、
家族全員が仲良くすること
ではありません。
兄弟だからといって、必ずしも価値観が同じとは限りません。
親子であっても、考え方が違うことがあります。
無理に仲良くする必要もありません。
大切なのは、
「違いがあることを認めたうえで、お互いの人生を尊重できる状態」
ではないでしょうか。
相続についても同じです。
「自分の考えが絶対に正しい」
ではなく、
「相手には相手の事情がある」
と考えること。
そして、
「では、どうすればお互いが納得できるのか」
を考える。
それが、人間関係の健全化につながります。
6.「話し合うこと」は、財産を分けることではない
相続対策というと、
「遺言書を書いておけばいい」
と思われることがあります。
もちろん、遺言書は非常に重要な手段です。
しかし、遺言書は「本人の意思を残す」ためのものです。
一方で、
家族がその意思をどう受け止めるのか
という問題もあります。
だからこそ、可能であれば元気なうちに、
「自分はこう考えている」
と家族に伝えておくことも大切です。
例えば、
「この家は、お母さんが亡くなった後も誰かに住んでほしい。」
「会社は長男に任せたい。」
「この土地は、将来的には売却しても構わない。」
「兄弟で争ってほしくない。」
こうした思いを、本人が直接伝える。
もちろん、家族の状況によっては話し合いが難しいこともあります。
だから、必ず家族全員で話し合わなければならないということではありません。
重要なのは、
本人の意思が、本人が元気なうちに伝えられる機会をつくること。
です。
7.元気なうちだからこそ、できること
人間関係を整えるうえで、時間は非常に大切です。
相続が発生してから、
「実は、お父さんはこう言っていた。」
と言っても、本人に確認することはできません。
しかし、元気なうちなら、
「お父さんはどうしたい?」
と聞くことができます。
「お母さんは、この家をどうしたい?」
「会社は誰に継いでもらいたい?」
「介護が必要になったら、どうしてほしい?」
「財産について、何か希望はある?」
と聞くことができます。
そして、そこで意見が食い違ったとしても、まだ時間があります。
話し合うことができます。
考え直すこともできます。
専門家に相談することもできます。
遺言書を作ることもできます。
不動産を整理することもできます。
必要であれば、家族信託や任意後見など、将来の状況に応じた制度を検討することもできます。
つまり、
元気なうちは、「選択肢」があります。
これが、生前対策の大きな意味です。
8.まとめ――相続の前に、家族関係を整える

相続では、財産が問題になります。
しかし、財産をめぐる話の奥には、
人間関係があります。
「自分は大切にされていたのか。」
「自分は家族のために何をしてきたのか。」
「兄弟は自分をどう思っているのか。」
「親は自分たちに何を望んでいるのか。」
そうした感情が、相続をきっかけに表面化することがあります。
だからこそ、
相続対策は、財産だけを整理することではありません。
家族関係についても、一度考えてみる。
本人の思いを確認する。
家族それぞれの事情を知る。
必要であれば、第三者を交えて話し合う。
そして、将来の選択肢を整理しておく。
これもまた、大切な相続対策です。
「家族の健全化」とは、家族全員が同じ考えになることではありません。
違いがあっても、お互いの人生を尊重できる状態をつくること。
そのために、今できることを少しずつ整えていく。
それが、人間関係の健全化なのだと思います。
ここまで、
第1回 相続対策の目的は節税ではない
第2回 家族の健全化とは何か
第3回 会社の健全化と相続
第4回 不動産の健全化
と考えてきました。
そして今回、
第5回 人間関係の健全化
まで来ました。
ここまで見てくると、相続とは単に「亡くなった人の財産を受け継ぐこと」ではなく、
「これまでの人生を、これからの人生へどうつないでいくのか」
という問題でもあることが見えてきます。
では、
「これからの人生をどう生きたいのか」
を、相続や生前対策より先に考えてみたらどうでしょうか。
次回は、ここから一歩進めます。
第6回「未来設計という考え方」
相続のために人生を考えるのではなく、
「これからどんな人生を送りたいのか」から、相続や生前対策を考える。
そんな「未来設計」という考え方について、一緒に考えていきます。
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